
各方面、多くの人々が彼の死を追悼
この訃報を受けて、フリー(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)、ラッセル・シモンズ(Def Jamレーベル創始者)、Qティップ(ア・トライブ・コールド・クエスト)、トム・ヨーク(レディオヘッド)など様々なアーティストや音楽関係者が追悼コメントを発信。また、アダムの提唱により「チベタン・フリーダム・コンサート」が開催されるなど、チベット問題に関心の強かった彼だけに、ダライ・ラマも彼の死を惜しむコメントを発表した。さらに、MLBのニューヨーク・メッツが4日の試合で、各打者がバッター・ボックスに入る時の音楽をビースティ・ボーイズの楽曲に変更。マディソン・スクエア・ガーデンでのNBAニューヨーク・ニックス対マイアミ・ヒート戦では試合前スクリーンにアダムの映像を映し出すなど、N.Y.のスポーツ界でもアダム追悼の意が表された。
90年代のストリートカルチャーをリード
シングル曲「Fight For Your Right」および「Licensed to Ill 」のヒットによりDef Jamレーベルの白人ラップユニットとして華々しくデビューしたビースティ・ボーイズ。続くセカンドアルバム「Paul's Boutique」はセールス的には振るわなかったものの、彼らの音楽的センスの良さが光り、ヒップホップ通や評論家筋を唸らせた。3作目のアルバムとなる「Check Your Head」、そしてその続編的アルバム「Ill Communication」では、彼ら自身が楽器を手に取ってのバンド演奏によるジャズファンクのインスト曲やブルースロック、パンクチューンも交え、より幅広い音楽性を披露。ビデオクリップやファッションなども含めて、ヒップホップという枠組みを超え多くの層から厚い支持を集め、ストリートカルチャーのリーダー的存在として揺るぎない地位を確立した。「Root Down」PV
ビースティ・ボーイズの兄貴的存在
アダムは、3人の音楽面その他のアイデアをうまくまとめあげていた兄貴的存在であり、特に生演奏によるジャジーなファンクインストチューンを自分たちの音楽に取り入れたのは、彼の功績によるところが大きい。実際、アドロックのギターは言うに及ばず、マイクDのドラムと比べても、アダムのベースプレイは堂に入っていた。「Gratitude」PVリードギターのようなファズベースを聴かせるアダム
今のところビースティ・ボーイズの今後に関しては、マイクDもアドロックも明言はしていない。しかし、アダムの存在なくしてビースティ・ボーイズが成立するとは考えにくく、つくづく彼の死が残念でならない。